バレンボイムの深淵世界

淡泊、平坦、のっぺりした演奏、無味乾燥、無色透明、遅い。
それ、違ってます。

頭を空っぽにして、流れてきた音の世界に身を委ねる。

これから運命を聴こう、第九を聴こう。 ではない。

無垢になって、流れてきた音に身を任せる。
そうすると、そこには深淵世界があることがわかってくる。
最初は、好きな楽章だけでも良い。

アナウンス
ただ今の演奏は、
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン作曲交響曲第3番変ホ長調作品55
でした。
と言われて、
ああ、そういう曲だったのかと思う。
そういう世界なのです。

(素っ気ないという評価はポリーニのために取っておこう。)

Amazon
この全集は、少し前から入手の機会を狙っていました。
ベルリンシュターツカペレの埃を払ったというバレンボイムのコメントがあります。音質は、99年のセッションで最高レベルのようにも感じます。乾いた傾向の音ですがシカゴ響ほどではなく、艶もそこそこ感じられます。デジタル録音なのに古い演奏の録音のようにも聞こえます。
演奏は一言でいえば、遅い。例えば、ヤルヴィに比べて、エロイカで10分、第九で13分ほど遅い演奏です。
一音一音を大切に弾く、という意味では、クリュイタンスに通じるところがあります。が、それとも違う。
当たっているかどうか?
バーンスタインのベートーヴェンに対する評として「次の音を決める選択が、神と連絡を取り合っているようだ」というコメントがあります。この演奏を聴いていて、一音を大事にするのは分かるのですが、聞き手は、あまりにゆっくりだと前の音との連結が脳裏に残らないのではないか、とも思います。葉は見えても幹が見えなくなる。
聴いていてもどかしくなります。第4楽章はどんな弾き方かな、コーダはどんなふうかな。先々を早く聞きたくなってしまう。
かといって平板な演奏でもありません。独自の強弱と緩急もあります。
第7番あたりは名演に入るのではないでしょうか。広大な絵巻を見るようです。
総合評点を付けるのが難しい。星3つにしようかと思ったのですが、バレンボイムに敬意を表して4つとします。
評価を低くして、私一人でバレンボイムの深淵世界を楽しんでいるかもしれません。
ふと、ほかのボックスに手をやると、ワーナーのフルトヴェングラーでした。同じワーナーということもあるのでしょうが、装丁がとてもよく似ています。各曲各楽章の演奏時間を比較すると、似たような傾向にあります。
バレンボイムの目指した世界はここにあるのかもしれません。

上田の街並み

佐久公証役場にお世話になり、なぜか上田市に来ています。
ホテルは、池波正太郎真田太平記館のお隣。
池波正太郎先生は祖父の時代の人。懐かしい雰囲気です。前田青邨先生のお名前も見えました。
また市街地を選んでしまい、部屋が狭い。
コンビニからしてこんな感じで至るところ六文銭だらけ。海野という地名が本当にあることを知りました。書店や骨董品店など、最近あまり見かけなくなった古き良き日本の街並みです。

ポリーニとバレンボイム

ピアノ・ソナタ全集は買わないと思っていました。
弦楽四重奏曲全集にしてもそうですが、聴かない曲が出てきてしまう。そういうのは嫌いで。ケチなので。だから、ピアノ・ソナタ全集も買わないと思っていました。
バレンボイムのネット配信を聴いていたら、これは良いや、と思えて、選びに選んで最新録音をDECCAで入手しました。間違っていなかったと思います。1番からずっと聴いています。好きな曲がダントツに増えました。月光とセットになる13番や27番、なんといっても26番告別が良い。告別と作曲者が同じじゃなきゃ盗作呼ばわりされそうな21番ヴァルトシュタインも気に入りました。

私は若いころからポリーニのファンです。だから普通だったら真っ先にポリーニの全集を買うはずですが。結局、バレンボイムの後から買いました。後期ソナタ30-32番デジタル再録と一緒に。全集のほうは、28番から32番まで70年代のアナログ録音です。ピアノはデジタルに限る、そういう見方で後期ソナタを買ったのですが、あまり良くない。演奏が早いし軽い。悪く言えば、腰砕けかロレツの回っていないところがあるようにも聞こえます。今まで聞いてきたポリーニのように、ずしりと重いボディーブローのような圧力を感じない。
これは、全集のほうの演奏にもそういう曲がいくつかあります。
後期ソナタは、70年代のアナログのほうが良い。演奏の闊達さ、抒情性の深さなどにおいても。やがて、28番と29番ハンマークラビアもデジタル再録音が出ると思いますが、前の録音に敵わない気がします。

比べて、バレンボイムは録音良し、演奏も太く、妙な匂いもしない。ライヴの熱気と拍手があって、雑音は少ない。告別の後の拍手なんかすごい。お勧めできます。
写真は向って右手がバレンボイムです。どこを見ても演奏日時や場所が書かれていません。それに、ベートーヴェンの顔の右にある黒人青年のような顔は何なのでしょうか。まさか、ベートーヴェン黒人説? まあ、何でも良いや。
バレンボイム版の録音データは下記にありました。
https://www.universal-music.co.jp/daniel-barenboim/products/uccd-1350/

ポリーニ版のほうは、もう1つ。ソナタ番号がどこにも書いてありません。作品番号だけ。だから月光(ソナタ14番、作品27-2)とツインになる幻想曲風ソナタ(ソナタ13番、作品27-1)は作品何番かわからないと、探せないことになります。

自分は芸術家の子

自分は芸術家の子だ。
これの続きに。

島田雍士という名がある。

占い屋が付けた。
字の意味は、鳥が雛を抱く様。
のはずが、

占い屋は「宮廷で音楽を奏でる人」だと言った。

姓名判断は当たらないという合理的な解答の傍で、この背筋の凍る事実がある。

晩年にピアノ・ソナタを書かなくなった理由

ベートーヴェンは生涯にわたってピアノ・ソナタを書き続けた、という趣旨の解説に出くわすことがあるが、もちろん間違いだ。
ベートーヴェンがウィーンで売り出したときは即興ピアノ演奏家として注目されたということになっている。要するにもともとピアニスト。自分が自分のために作曲する、ごく普通のことだ。協奏曲しかり。

だが、どうして晩年はソナタを書かなくなったのか、そっちのほうがよほど興味深い。生涯、ピアノ・ソナタを書いたのではなく、晩年にピアノ・ソナタを書かなくなった理由のほうだ。最後のソナタは32番作品111。1822年の作品だから、亡くなるまで5年。第九が1824年で作品125。
弦楽四重奏曲14番作品131。1826年でこれが15番目の四重奏曲とされる。そして、ウィキに、
弦楽四重奏曲 第16番 ヘ長調作品135は、ベートーヴェンが1826年に作曲した室内楽曲。死の5か月前に完成した。後期の四重奏の中では最も小規模、古典的な4楽章形式とある。
これで大体わかる。
ピアノ曲では、パガデル作品126(1824年)、ディアベリ変奏曲作品120(1823年)。
答えはこの辺かな。
晩年にピアノ・ソナタを書かなくなったのは、ソナタの枠に嵌まり切らなくなったから。
だけど、最高傑作を選ぶときにはやはり候補にしたい。
ピアノ・ソナタ29番作品106(ハンマークラビア、1819年ころまで)か32番か。
弦楽四重奏曲なら、大フーガか14番か。
交響曲や協奏曲から選ぶことは、最初から考えてない。

自分は芸術家の子だとつくづく思うことがある。
芸術家の作品には、当初の目的が商用であった場合とそうでない場合がある。(もちろん、商用目的の作品が最高傑作になることがないわけでもない。)
およそ、商売抜きの作品に名作が生まれるものだ。
何の貨幣対価もなく、また、自分が演奏できるわけでもなく(晩年のベートーヴェン)、自分が書きたいから書いたというだけの曲というのは、それだけの価値がある。14番がまさにそれ。
ないしは、32番の第3楽章に期待しましょうか。

最後はブラックジョークなので。

77年ポリーニのハンマークラビアが流れている。すごく良い演奏だが、すごく疲れる。
弦楽四重奏曲は、最近購入したウィーン・アルバン・ベルクより、20代のころに買ったスメタナのほうがずっと優れている。


皇帝

バレンボイムの告別を聴いています。告別という日本語は縁起の悪いことを意味しそうですが、本作はルドルフ大公のウィーン脱出前後を曲にしたもので、聴きやすい楽曲です。
ピアノソナタ第26番変ホ長調 作品81a 第1楽章告別、第2楽章不在、第3楽章再会。
皇帝と同じ調性です。

さて、皇帝は何枚あったか。
どうにもこうにも好きな曲というほどではないので、そんなに多くはない。
・ポリーニ版が3種。①メモリーズのモノラル録音でショパンコンクールに優勝する前後のセット。②ベーム/ウィーンフィルと組んだ版。③アバド/ベルリンフィル全集。
・ツイマーマン/バーンスタイン/ウィーンフィルのDVD全集。
・バックハウス/ハンス・シュミット=イッセルシュテット/ウィーンフィル版。
・ブレンデルのラトル/ウィーンフィルの全集。
・アシュケナージ/メータ/ウィーンフィルの全集。
・ワイセンベルク/カラヤン/ベルリンフィルの全集。
ほかに、クラシカジャパンの録画で、バレンボイム版とフッタービンダー版がある。
CD7枚、DVD1枚、録画2本ということか。

お勧め。ネガティブからになるかな。
ポリーニのモノラル。これは、テクニックを競っているだけで余程のポリーニファンが持っていたいというレベルでしょう。
バックハウス版も音質は良くない。学生時代にLPを買った懐かしさから最近中古CDを買ってみた。全集を集めようかと思ったがやめた。バックハウスという演奏家に惚れたならどうぞ。
ブレンデルという人は、やたらと録音が多い。悪い人ではないと思うけど(いやいや物凄く人が良さそう。だからファンも多いかと)、正確性に高く、線が細めで独特の匂いがします。その匂いにハマってしまうと買うべき版は山のようになる。この全集に関しては、保守のブレンデルVS革命児ラトルになりそうな予感があるが、ソツなく演奏している感じ。
フッタービンダーは演奏家というより….テレビでの解説はぜひ傾聴すべきです。平山郁夫の部類。芸術家の感性というより学者かな。
ポリーニ/アバド版は少し渋い。アバドが朴訥すぎたか。嫌いではない。第1主題、第2主題なんぞと考えるには適した録音かと。
ポリーニ/ベーム版の演奏は豪華絢爛で最もこの曲らしい。録音がアナログ後期でちょっと残念だが、一番好きかもしれない。
ツイマーマンはなかなか良いと思う。東京に家を持っているそうだが関係ないか。太めの演奏で好きだ。一種の定番。皇帝はバーンスタインの指揮だが、1,2番はツイマーマンの弾き振り。
アシュケナージの全集は、一般向けにもファン向けにもお勧めできる逸品。演奏良し、音質良し。定番中の定番というべきかな。
これから注目して行きたいのがバレンボイム。若い楽団員にはスコアと違う、と言いながら、自分では案外勝手やってる気がする。主観的な面も良いと思う。太い指で繊細に弾きこなす。演奏は分厚い。
ワイセンベルク/カラヤン版を買ったのは、カラヤンのベートーヴェンが悪かろうはずがないと思ったから。というよりカラヤン版がないのは片手落ちと思った。だが聴いて少々驚いた。あのカラヤンがどっしり構えて、恰幅良く、ゆったり堂々と謳う。ワイセンベルクは、クリスタルのような透明な音を奏でる。お勧めできる。

カルロス・クライバー

カルロス・クライバー指揮/第5番・第7番/ウィーンフィル

カルロス・クライバーといえばまだ学生のころに、ベートーヴェンの4番ですごい演奏があるという噂になり早速LPを買って聴いた覚えがあります。4番の何たるかもわからない自分に価値がわかるわけがありませんでした。峻烈なイメージだけは残りました。

カルロス・クライバーを聴こうと思ったら、ポンと全集を買うわけにもいかないのが面倒なところでもあります。

このCDですが、第5番のほうは、50年ほど前に父のステレオで聴いたカラヤンの運命を思い出しました。斬新性も切れ味もとても良いです。ですが、常軌を逸するようなこともなく、かえって、アバドのようなスコアに忠実で朴訥・律儀な一面も聞き取ることができました。

この演奏をもって、行き過ぎだの前衛だのというのは、おかしい気がします。どこかで読んだ記憶がありますが、私たちはパーヴォ・ヤルヴィを聴かされる時代になっているのですから。それが悪いということではなくて、時代の流れということです。
そういう比較論をするなら、本作は、破綻のないスタンダードな運命といえます。音質も悪くありません。

第7番のほうも標準以上の出来です。ですが、私にとっては87年アバド/ウィーンフィル以上の演奏には出会えていません。

それと、一言いいたいこと。ベートーヴェンはウィーンフィルよりベルリンフィルのほうが良いという風潮はおかしいと思っています。どちらが優れているかとかそういうことではありません。ベートーヴェンはウィーンを代表する作家だったことをお忘れなく願いたいということです。

葬送行進曲

葬送行進曲というとあれこれあるが、ここではベートーヴェン交響曲第3番第2楽章のことを指す。
さて、何枚もっているか。
フルトヴェングラー50年(メモリーズ)、フルトヴェングラー53年(ワーナー)、ワルター58年(ソニー)、クリュイタンス59年(EMI)、カラヤン62年(キリスト教会)、ハンス・シュミット=イッセルシュテット65年(ロンドン)、カラヤン71年(DVD,DG)、カラヤン77年(DG)、アバド85年(DG,ウィーンフィル)、アバド01年(BD,ベルリンフィル)。これだけあった。これらの第2楽章だけを聴き比べる。特に、後半のフーガで慟哭の部分。
そりゃ、お化けが喜んで寄ってくるかもね。
最も一般的なのが77年のカラヤンかな。アバド85年が一番好きかもしれない。
クリュイタンスかカラヤンのキリスト教会を選べば、ツウかもしれない。
今夜も葬送を聴いて泣こう。
バーンスタインも気に入っているがなぜかこの人の短調には馴染めないところがある。指揮者バレンボイムにも大いに興味がある。難しいことをいう必要はないが音楽の大衆化という側面ではベートーヴェンと同じような志を持っていると思う。
クリュイタンスの演奏はなるべく集めておこうと思う。この人はすごい。
いま流れているのは、クリュイタンス指揮の1番。1番交響曲はピアニストで飯を食っていたベートーヴェンが作家として立った1作といえる。ピアノ曲じゃないんで。
だけど、クリュイタンス版にしてもカラヤンキリスト教会版にしても、1番交響曲は、寂寞というのか殺伐としたというのか、そういう雰囲気を常に感じてしまう。なぜか。私個人の属性か。

ベートーヴェンは生きている

ベートーヴェンは生きている。どうして死んだといえるのか。肉体的な死に何の意味があるのか。何の意味もないのではないのか。

精神的には生き続けているではないか。誰の目にも明らかである。

考えるまでもない。

私はこれから人間の死について考える。

行政書士がなんだというのか。そんなものはどうでも良い。

まずは、人が「残り寿命1年です。」「6か月です。」と言われた場合について考えてみる。

その次に、「子供が欲しい。だけどできない」というケースを考えてみる。

この後者のほうは感覚的に希薄なので難しいかもしれないが。

人の生死である。

少々、経済的にも苦しくなくなってきたので、自分本来のあり方について考えてみたい。

グリューネヴァルト教会-ベルリン

アンドレ・クリュイタンス(Andre Cluytens)のベートーヴェン全集です。これも、ベルリンフィルによる教会での録音です。
1音1音をとても丁寧に演奏しています。こんなにきめの細かいベルリンフィルがあるのかとほとほと感心しました。
この演奏を聴いていると。どこがどうだからと指摘はできないのですが、戦争のキナ臭さのような感触を覚えます。ベートーヴェンの戦争ではなく、クリュイタンスが経験した第2次世界大戦でしょう。最初は、思い過ごしかと思ったのです。 ~ 火薬のようなキナ臭さのことです。なぜ、この時期のベルリンフィルに教会での録音が多いか。当時、ベルリンのホールは戦火で失われ、まだ再築されていなかったようです。大戦の気が漂っていたとしてもおかしくないのです。
田園を聴いていて。ベートーヴェンはこうやって自分の感情をメッセージにして伝えているんだな、と思いました。
例えばこんなメッセージです。
革命、革新、諧謔、歓喜、落胆、円舞、追悼、追憶、悲嘆、悲劇、勝利、優雅、長閑、快活、心地良さ、不機嫌、希望、苦悩、絶望、不安、不快、鎮魂、豪華、可憐、懺悔、憤怒、欲望、渇望、高揚感、仰天、楽天、躍動、勇気、混沌(カオス)・・・・
音質も聴きやすいです。
ただし、ベートーヴェンは、ときに聴衆を驚嘆させる場面があります。そういうフレーズでは不満を持つ方もおいでになるかと思います。

イエス・キリスト教会-ベルリン

自分自身でAmazon病と名付けています。とにかくアマゾンで買い続ける日々が続きます。その中の1作。イエス・キリスト教会-ベルリン “JESUS‐CHRISTUS‐KIRCHE,BERLIN” で、1961年から翌年に掛けて録音されたというカラヤンのベートーヴェン全集です。
カラヤンのベートーヴェン交響曲全集としては60年代末から70年代初めに掛けて録画されたDVDも持っています。この際、CD全集も揃えておきたいと思いました。
フルトヴェングラー版は、バイロイト第九のほか全集2種類を入手しました。アクが強いがもの凄いのはわかります。
現代に近い指揮者では、バレンボイム、バーンスタイン、アバド。たくさんの候補を挙げて情報収集し、誰の演奏が自分にとって一番良のかという観点から、やはり、カラヤンを選びました。
有名だからとかそういうことではないのです。聴いてみて、本心から感激できる、それでしょう。昔、父のステレオから流れていた第5もこの中の1曲だろうと思います。つまり、この曲がなければクラシックを聴くようになることはなかった、そういう重要な一曲です。
この全集を選んだ理由は、60年代のカラヤン全集が高評価であること、JESUS‐CHRISTUS‐KIRCHE,BERLINと明記されていること、音源がDeutsche Grammophonと同じと判断されたこと、カラヤンであればベルリンフィルを選択すること、格安で早く入手できることです。6枚組ですが序曲などのおまけはありません。
音質は、教会の特殊性かもしれませんが中低音が大変膨らんでいますので、再生機器によっては音が割れます。聴きやすいとは言いません。ユーザーが調整するしかないでしょう。
聴いてみて。この演奏には心底感心しています。どの曲も感激します。全集のサブタイトルらしく謳われているのが “The Message From Karajan”  そういう連作になっています。

ベートーヴェンを聴きまくり

今年はコロナのせいでGWにも何もできずにいます。事務所にステレオをセットして、ベートーヴェンを聴きまくっています。

その1 カラヤンのDVD全集

最近ふと、第九のDVDを1枚くらい持っていたいと思いました。こういう場合、全集を買ってしまったほうがお買い得な例が多いのは経験済みです。アバド版かバースタインか考えましたが、まずは、カラヤンの全集を選びました。
第3番/第7番ならアバド、第5番/第6番ならカラヤンだと思っていました。以前、第九はバーンスタインの79年版が好きでしたが、少々聴き過ぎたかもしれません。全集も出ていないし今回は買う気になれませんでした。
さて、カラヤン全集の評です。
いくらカラヤンとは言え、映像を細工しすぎです。ですから、全体的に懐疑的にならざるを得ません。
第4、第5は、ライブ映像です。音質は他の曲目に比べて弦の厚みがあり、どうやら本物のホールの音のようです。ですが、オープニング映像・音声は、両曲とも全く同じです。
第九は、オープニングはライブですが、録音自体はスタジオでしょう。演奏が始まると、背景映像が!! どうやら、スタジオの壁にコンサートホールのモノクロ写真を貼って雰囲気を出したらしい。第5のように観客が動かないし。第2楽章の途中から画像がモノクロになったり。第4楽章では、ソリストを合唱団と同列に並べています。偉いのはカラヤンだけか? 
3番と7番は、台形を3つ作ったスタジオです。田園第4楽章の嵐の描写場面では映像も嵐のようにケタタマシクなります。
それ以外は、普通のスタジオ録音です。
演奏は秀逸なのですから、やりすぎの映像演出は賛成できません。
ごく普通のライブ演奏にしてほしかったと思います。
画像がやりすぎですし、4×3画像です。演奏は良い、音質も年代を考えればかなり良好です。価格的にも買って損はなかったと思います。
それにしてもやはり。
カラヤンは稀代の天才です。

その2 アバドのBD全集

結果オーライなのですが、なぜ、DVDではなくBDを選択したのか、良くわからなくなっています。画質はどうでも良かったのです。劇場の雰囲気が伝わってくれば十分でした。
なぜ、今まで、こんなに素晴らしい演奏を手に入れようとしなかったのか。なぜ躊躇していたのか。これもわからずにいます。
さて、全9曲の演奏は、第九のみ、アバドが癌手術前のベルリンで。それ以外は手術後に痩せた姿で、故郷に錦のイタリア演奏です(ローマでは第九をやらなかったのかな)。
コンサートマスターに安永徹さんがいらっしゃるのもとても良い。日本の誇りです。
アバドは、痩せてはいるが、いつも以上の安定感のある演奏です。そして余裕と歓びを感じます。(ただし、音声のみだとウエットな響きのウイーンフィルを指揮した録音のほうが好きかもしれません。)
これはベーレンライター版だからどうこうという評があります。詳細はプロに任せておきましょう。
と言いながら。ベートーヴェンは字が汚かったと言います。例えば第5ですが、完成後にベートーヴェンが弟子にフェルマータだか繰り返し符号だかを送って寄越した。その意味について、メンデルスゾーンがこうだろうと言った。それが長く演奏されてきた、と聞いています。カラヤンもそうだし。
20世紀後半になって、東ドイツのギュルケが、そこは繰り返し符号があるんだからこうだ。となってもっと長い演奏になった。そんなふうにも聞いています。
話を元に戻します。
この全集を集中して聴いていると、脳天の後ろから霊気が飛び出しそうになります。こういうのはお金でどうこうできるものではなく、出会えた幸運に感謝するしかありません。

またまたついでに。
第九と言えばティーレマンとウィーンフィルのDVDも買いました。この指揮者は私と同じ年齢です。最近、クラシカジャパンに頻繁に出演しています。カイザーとの対談がとても興味深い。あれこれ解説してくれていますが、演奏には、感動とか感銘とかがあまり感じない。なぜなのかはわかりません。

フルトヴェングラーのCDをMEMORIES版とWARNER版の全集、バイロイトの第九を買いました。まだ聞き始めたばかりです。ある意味、癖の多い演奏家ですが、凄さが伝わってきます。全集としては、WARNER版のほうが、音質、演奏内容とも良いと思います。

オーケストラの音
指揮者が変わろうとどうしようと、そのオーケストラの音というのは変わらないものです。
シカゴ響は乾いた音で有名ですね。アバドが指揮してもやっぱり乾いた音質に変わりなく。正確だがあまり好きにはなれません。対するウィーンフィルはウエットな音。これが一番好きな音質です。ベルリンフィルは両者の中間というか、名付けるならフラットな音としておきます。   

日々、これクラシック

クラシカジャパンでは、4月をベートーベン生誕250周年と題して、ベートーベン交響曲第1番をやたらと流している。4人のマエストロによる聞き比べ、と言っている。4人とは、ショルティ、ヤルヴィ、バーンスタイン、カラヤン。そのほか、ティーレマンの放送もあるので、計5人の指揮よるベートーベン交響曲第1番を聴くことになる。
ティーレマンは私と同年生まれ、ウィーンフィルの指揮者としていま売出し中と言えるかもしれない。ティーレマンは、カイザーとの対談がとても面白く興味がある。だが、演奏は、可も不可もない、というのかな。独自の解釈もあるにはあるが、感激しない。いったい何が違うのか。
カラヤンは冷淡のように見えるが、演奏を聴いていると、とてつもない天才だということがわかる。いったい何が違うのか。人を惹きつけ感動させてくれる。これが、ベートーベンなんだよ、と教えてくれる。
クラシカジャパンのお陰か、いや、カラヤンの薫陶で、ベートーベン交響曲第1番が大好きになった。今も、カラヤンのDVDから音声だけをステレオに掛けている。

既視感

4月24日、気仙沼へ行った。その前日、仙台入管へ出向き、無理して帰らず仙台市内のビジネスホテルに泊まった。時期が時期だけに公共交通機関を避け、性急な旅をしないことが優先だった。ホテルのテレビが気仙沼を映し何か伝えていた。その地名に興味を持ってネットで軽く調べた。島に橋が掛かったので航路が廃止になったと出ていた。
三陸道というのか、無料で対面交通70キロ制限の高速終点で降り、道を左に折れた。
原野というか荒野のような大地に飯場小屋のような建物やUNIC重機が置かれていた。
「ああ、これは3日くらい前に見た夢と同じ場所だな」と思った。
デジャビュー(ここでは、既視感と記す)。私が持つほんの些細な心眼で、たまに起こる現象。「ここには過去には絶対来たことがない。だけど、見るのは初めてじゃない。前に見たことがある」。そういう場面だった。その先に、中古自動車屋があった。更に先へ行くと、はなまるうどんやツルハドラッグ、コンビニなど店舗街としては一般的だがなぜか新しい、それに社宅か市営住宅かと思えるかなり大きく真新しい集合住宅が建っている。「新しい住宅ができた。そのニーズのために店舗も作ったんだな。この辺は行政の介入があって新しい街づくりでもしているのだろう」と思った。もう少し行くと、土地が段々の高さになっていて、上には教会が建っていた。下の方には2階建てのコンクリート構造物。その2階建てを見ると、中間くらいのところに、青い線が引いてあり「津波ここまで到達」というふうな文言が書かれていた。
その後、1分ほど。やっと理解した。
ここは津波ですべて無くなった街なのだ。今そこを再開発しているのだと。
ここで亡くなった人たちは、自分が死ぬことさえ理解せずに命を奪われたのだろう。あるいは、あの段々の土地を登れば助かると思いながらも、教会に辿り着けば助かると思いながらも、その登り道が見つからなかったのかもしれない、と思った。
霊が夢で見せた景色に誘われて、自分はここまで来たのだと。
島に橋を架ける。
その上から見えたのは、まだ建設中の新しい橋脚や人々の営みだった。
今日は筆が鈍い(最後の画像は復興サイトからの借用)。

ケーブルテレビ

ケーブルテレビが来たのが先週の金曜日でした。実は我が家のインターネットは有線LANでPCにつないであるのに年中落ちます。それが1週間に1回だったり1日に2回だったりします。そこでケーブルテレビのサービスマンに聞くとアバストの可能性が高いと言います。アバストをアンイストールしケーブルテレビのマカフィーを入れると。以来、ネットは落ちなくなりました。 それにしてもアンテナがないっていうのは良いものです。これで今日みたいな強風のせいでアンテナがソーラーに落ちるんじゃないか、落雷で電化製品全部やられるんじゃないかっていう恐怖心がなくなりました。まあ、そんなことは滅多にあるもんじゃないのですが、とにかくアンテナがないっていうのは本当に良いです。見るたびに思ってたもんな、ああ少し斜めってるなとかステーが緩んでるなとか。そういう心配なしです。この近辺、古河野木地区というのは教科書に載っている有名な弱電波区域だそうで、周辺を見回すとアンテナは東北、南、北西と皆まちまちです。つまり決打ち電波がないっていうこと。 仕事のついでに遺言書を書きました。このまま書き直さなきゃあ、法定相続分に従わない遺言内容が実施されるんだろうなあ、と思うと、少々感慨がありますが。まあ、資産もないし大したことはないです。現実的な内容です。問題は読む人が読めるかだったりしますがね。
2020.4.2FBから転載。
というわけで、本日、事務所の登録も正式に変更してきました。けど、やっぱ、事務所の登録電話は固定のほうが良かったかな。

行政書士島田雍士事務所
電話 090-9148-0430
FAX 0280-55-0049

コンチェルト その5

ベートーヴェンのバイオリンコンチェルト/クレーメル版
これ、カデンツァにピアノとティンパニーが出てくるんです。そこだけ、バイオリンを含めた三重奏になるわけです。あらかじめレビューを読んでいなかったらびっくりしたことでしょうね。
ベートーヴェンは、この曲のカデンツァを書かなかった。けど、ピアノコンチェルト編曲版を書いていた。そこにカデンツァがあってそれをクレーメルが編曲してこの演奏のカデンツァにした。そういうことだそうです。第三楽章のカデンツァも似たような感じ。
正直、あまり感心しません。ベートーヴェンのバイオリンコンチェルトを聴き過ぎて食傷気味の人には目覚ましになるかもしれません。

コンチェルト その4

アシュケナージ版のピアノ協奏曲全集を買いました。聴いてみた感想です。

そこにあるものはベートーヴェン。それで良いんじゃないでしょうか。
アシュケナージだからどう、メータだからああだ、ウィーンフィルだからこうだ。
もう、そういうことを超越してしまっていると思います。個人的にはポリーニが好きでした、今でも。アシュケナージというとやっぱりラフマニノフという思いが強いです。
ですが、そんなことはどうでもいい。この演奏で聞こえるのはベートーヴェンだということです。 録音の質も最高です(デモテープの音が悪すぎるだけ)。ロンドンレーベルもやればできるじゃん、と思いました。 全く文句のつけようがありません。
ただし、パッケージはマイナス点になります。いくらなんでもショボすぎです。不織布にポンはないでしょ。そこは、演奏と音質で5つ星に強いて1つ加点。パッケージのマイナス1点で、結局5点。そういう採点です。
追伸
是非とも、全集で購入してほしいです。そして、全曲を通して聴いてください。
いかにベートーヴェンとはいえ、これは聴かなくても良いや、という曲はあります。
しかし、協奏曲では不要な曲はありません。すべての楽曲が素晴らしく、どの1曲も落とせません。
全曲集だからこそ、ベートーヴェンの個としての時代の流れ、作家史を感じることができるのです。
1番からして素晴らしいです。2番も明るいベートーヴェンを楽しませてくれます。3番は言わずと知れたハ短調定番の1曲。4番、5番は、私みたいな素人が口出しする必要もありません。身震いするような瞬間が何度となく訪れます。毎日聴いています。できれば、バイオリンコンチェルトも組んでほしかった。
いずれにしても、最高の全集です。

コンチェルト その3

ここのところ、ベートーベンのコンチェルトを聴くことが多く、ポリーニとアバドの版を探していました。検索すると全集は全部売切れになっています。あれっと見付けたのは、輸入盤が「残り1点」となっていること。すぐに注文しました。
ざっと聴いてみた感じですが、2番と3番に興味を持ちました。4番と5番は渋い演奏です。いかにもアバドらしい繊細だが訥々とした表現です。それでも星5つをつけるのは、これがスタンダードだと思えることです。豪華絢爛なポリーニをご要望の皆さんには、ベーム、ウィーンフィルと組んだ版をお勧めします。
それでも私は、パッケージを見ているだけで総毛立ってしまいます。
(Amazonレビューから転載)

正月 その2

1月3日、笠間稲荷神社に詣でる。誰かに商売繁盛に良いと言われた気がする。ここと笠間にある出雲大社を取り違えてはいけない。出雲大社のほうが観光地としては良いが駐車場がないのでたくさんのクルマが路上で待つことになる。
出雲稲荷神社は周囲に民間の有料駐車場があるので何とでもなる。まあ、それなりにご利益があると信じるしかないかな。

カルロス・ゴーン

こういう事態になるずっと前からこの人の在留資格については気になっていた。けっこう前からいる人なら永住者だろう最近の人なら高度専門職かと。
この人が外国へ逃げるのはまずいことは誰でも常識でわかると思う。ニュースになってから調べてみようと思っていた。入管法では25条と25条の2になる。あとは保釈金の問題。それと、本人は日本の政治的云々でと言い訳しているらしい。どこぞの似非難民にでも教えてもらったかな。  ♪♪♪ モーツアルトのレクイエムを聞きながら

1月8日の夜でしたか、言ってしまいましたね。
日本の不当な政治的な迫害から逃げてきた。
彼にまつわる刑事事件その他の事実関係については良く知りません。ですが、これを言ったらすべての発言が嘘にしか聞こえなくなります。

コンチェルト その2

冬になるとラフマニノフの2番を聴く。昔は何でもかんでも聴いていたので東欧の中でも特に気に入った1曲だったのだろう。きらびやかな演奏はダメ。物悲しい演奏が好みだ。アバド版も持っているけど合わない気がする。LPのアシュケナージ版が好きだった。同じ音源は見つけられずにいるが、先年、アシュケナージとハイティンクの版をダウンロードで手に入れた。失敗だった。CDで買うべきだった。
ベートーベンにはバイオリンコンチェルトが1曲だけある。パールマンの版しか持っていないので、どんな演奏が自分に合うのかわからない。高校の同級生に音大へ行った人がいて、この曲をピアノで伴奏させられたそうだ。バイオリンコンチェルトのビアノ編曲版の意味じゃなくてオーケストラの代わりをビアノでさせられたのだそうだ。単調な主題で飽きると言っていた。だけどこの曲も好きだ。   

正月

元旦は一応おせち料理やら餅を食べた。長男は起きてこないし面倒になり初詣は中止。酒を飲まない日常で正月を迎えるのは30年ぶりくらいじゃないだろうか。ひさかたぶりの昼酒を飲んだらあとは何もできなかった。
2日、普通モードに戻りを掛ける。どんな年賀状が来ているか拝見して返事を用意する。いただいたのは、従姉の1枚を除き、全部、士業者。虚礼廃止というわけにはいかないのだろうか。

大晦日

大晦日は恒例なので、第九を鳴らすことにする。夕方になってから久しぶりにアンプとスピーカーから音を出してみる。モーツアルトのジュピターで音出し開始。マリナー版をかけるが何故か合わないのでアバド版をかけてみる。スピーカーから音が出ている感じで、演奏はともかくオーディオとしてはなってない。第九はバーンスタイン版が好きだったのだけれどこのときはアバド版にしてみる。先日の宇都宮での演奏会に比べると…..世界一流の演奏とはこんなに違うものかと再認識する。どう違うのかって、言葉で表現するのは無理。筋の通り方が違うとでもいうか。要するにまるで違う。オーディオとしては左スピーカーの出が悪くて安定してきたのは合唱の後半になってから。この第4楽章を大茶番だと書いたけれど、それは第1から第3楽章に無理やり合唱曲をくっつけたように思えるのも理由の一つ。第4楽章を独立して聴くと、まさに神域だ。
今は、オーディオの能力を出せる環境(部屋)になく、機器たちがかわいそうだ。オーディオだけの部屋を持ちたい。     
続けて、なんとなく気分でマーラーを聴く。勝手に言わせてもらうと、第九はマーラー2番復活へ合唱組曲のような形で引き継がれ、運命は(偶然か)マーラー5番の素オケとして引き継がれたと思っている。自分がどういうCDを持っているのかわかってない。探すとマーラー5番のバーンスタイン版が出てきたのでこれをiPhoneに入れてみる。2番はバーンスタイン版を持っていないことが分かった。売ってはいるがすぐに買おうとは思わない。こっちはアバド版をiPhoneに入れる。マーラーとは絵描きの意味だそうだ。本人いわく、手が短く生まれてきた(ユダヤ人差別に遭ったということ)とのことで、そういう意味でもバーンスタインが合うのかもしれない。最近、あまりマーラー演奏会とは聞かなくなった。これだけ大掛かりだといささか、かもしれない。マーラーについては実はあまり知らない。枚数はそれなりに持ってはいるが聴きこなすだけの能力がこちらにはないのだろう。最後の言葉は”モーツアルト”だったとか。
以下は、どうやらレベルの話。マーラーという作家は、速度等の指示(Allegro con brioとかいうあれ)をイタリア語からドイツ語に変えた人らしい。シンフォニーの解説を読んでいるとそういうことみたいだ。2番はイタリア語、5番はドイツ語になっている。3番はAllegroもあるけどドイツ語指示もあるみたい。さすがにイタリア語とドイツ語しか解説がないと厳しい。ベートーベンがドイツ語で書いたけど、皆の非難を浴びてイタリア語に直したっていう速度の指示。

シンフォニー その3

芸術は、創造と完成と崩壊の歴史を辿るらしい。モンドリアンが現れたとき、幾多の作家が筆を折ったと聞いています。さもありなんかな。

そういう意味で言うと、シンフォニーの完成はベートーベンの第五。第九になるともはや崩壊が始まっていてあれは組曲です。大茶番とも書きました。どっちにしても、抽象画の第五と具象画の田園を同時に書いていたんだから、天才とは始末に負えない。第五について、あのテーマなら弦楽四重奏曲で十分では?との問いに対し「大きい音を出したかった。」と答えたそうですが、ジョークでもないかもしれない。第五の完成後もエロイカが最高傑作だとベートーベンは語ったそうですが、本人の好みはそうなんだと思う。

傑作という意味ではモーツアルトのジュビターのほうが上のように思います。最近、あれれ、これ凄くない!と思っているのが、ベートーベンの八番。随分と難しいことをやっているように聞こえます。

ベートーベンの最高傑作 その2

ピアノソナタで言うと、ハンマークラビアが好き。やはりポリーニの演奏が良い。真剣みとリキが伝わってきます。誰も演奏できる人がいないとの指摘に対し、自分の死後50年も経てば演奏できる人が出てくるだろうとベートーベンは答えたという。有名な話です。

最後のソナタ32番は天国行きの階段と天使の舞。そうだなあ、葬送に第2楽章を流してもらおうかなあ。    

ベートーベンの最高傑作

このテーマは難しい。こちらは素人ですし。あえて言うなら、シンフォニーの中にはない。おそらくピアノソナタの中にある。弦で言えば、後期の弦楽四重奏曲が素晴らしく、もしかすると、大フーガが一押し候補かと思っています。この曲はすごい。その名のとおり、対位法などフーガの集大成でもある。古典の曲でもありロマン派の曲でもある。同時に現代音楽でもある。戦慄するほどの恐ろしさです。なぜあのころに、過去から未来まで描けたのか?神のなせる業か?

時々いるものなのです。神界から何かの使命を帯びてこの世界に降りてくる人が。

第九

日本人の年末といえば第九。

16年は都内で新日フィルを聴きました。名前を忘れてしまいましたが東欧系の女性指揮者で、鋭めの演奏でした。背中に戦慄が走りました。オーケストラもソリストも立派でした。特にソリストはすごい経歴の人ばかり。

「ベートーベンは、現代の天才たちをも苦しませる。」 それが感想です。

17年は妻のガンが発覚してお休み。

18年、オール栃木とかいう須賀校がらみの演奏会で、なぜか低弦を左にも配置するスタイルでした。ソリストたちは手一杯な感じでしたが、それなりに生演奏の良さを感じました。このときは、低弦左は舞台の狭さのせいかと思ったのです。

19年、昨年と同じイベントでメンバーも同じかと思ったらそうではなく。全体にこじんまりした第九をさっさと済ませた印象。生演奏なのに曇ったような音。音合わせのときに、音響機器を使っているような音の鳴り方。
フィガロの序曲があり、そのあとに第九でした。第九に移る前に、管楽器がどっと入り、なるほど、これが時代の移り変わり(モーツアルト→ベートーベン)なのだと思いました。オーソドックスに向かって左から右に高→低と並ぶ弦でした。前の方の席を取ったので、弦楽器の動きがよくわかりました。第一バイオリンだけが曲をリードしてるんじゃない、ここはビオラがメイン、ここはチェロが進めているんだ、なんていうのを観察できました。バリトンの出来が良かった。値段の割には収穫のある演奏会でした。

時代の移り変わりと書きました。別途書くと思いますが、ベートーベンは音楽の大衆化に尽力した人で、大衆に聴いてもらうために大きな音を出したいという発想もあったようです。ドイツ語で歌うことを定着させた功績もあります。パトロン貴族からの脱却もしかり。それらはモーツアルトからの引継ぎだったようにも思っています。 

シンフォニー その2

茶番 カラヤンのベートーベンをそのように評する人がいるようです。特に5番。だけど、 私にとってはこの曲がなければ、クラシックを聴くことはなかったくらい重要な演奏です。下にAmazonのレビューを載せます。  あのシュールな描画はカラヤンにしかできない。
話は戻りますが、とてつもない天才のベートーベンがいて、そこにカラヤンが現れて、それまでのベートーベンを変えてしまった。そうとも言えると思っています。

茶番と言えば、それこそ第九じゃないでしょうか。第1楽章から第3楽章までは、なかなかの名作だと思っています。ですが、あの有名な第4楽章はベートーベンがなした大茶番だと思うようになりました。なんであそこにわざわざ歌劇のフィナーレみたいなものを置いたの?歌劇がまともに書けなかったから?

Amazon; 前衛洋画家だった亡父がLP版のカラヤン「運命」を聴いていました。60年代の録音です。これはもっと後の時代の録音ですが、全体的に抽象画になぞらえることができる「運命」と呼ばれるこの曲の中で第2楽章は具象的です。その中でも「ハイリゲンシュタット」と歌いたくなる部分、瞑想的な雰囲気の部分など、あのころ父のステレオで感銘を受けたのを思い出します。このシュールな表現はカラヤンにしかできない。発売当初のCDを持っているのですが割れてしまった(半分壊れたCDプレーヤーが割った)ので、買い換えました。特に第2楽章は一押しです(私は絵画もクラシックも素人ですが)。クラシックを聴くように仕向けてくれた父の遺産なので。そういう意味で星5つです。

シンフォニー その1

アバドとウィーンフィルのベートーベンを聴くと、世界観が違っちゃいます。アバドは、スコアに忠実だと言われていました。けれど、7番第4楽章を聴くと。あの場面は、雨の戦場で軍馬が泥濘を跳ね上げて行進し、人馬ともに泥まみれのはずです。ですが、この演奏は、実に綿密で、しなやかで、丁寧で、美しい。戦争と泥濘を表したかったはずのベートーベンの意図とは違うと思います。でも、演奏には惚れ込んでしまっています。この演奏の場合は、第1楽章から第4楽章まで、意識統一されているのです。だから、他の演奏はともかくとして「なんであんな第4楽章が唐突に」という評は当たっていません。

コンチェルト

趣味はほとんどないのに。クラシックだけは趣味と言えば趣味。なぜか最近はピアノコンチェルトを良く聴きます。モーツアルト20番。映画アマデウスでも印象的なこの曲は、モーツアルトの唯一の短調コンチェルトだそうです。ベートーベンも気に入っていたらしく、カデンツァを書いています。

今朝、ベートーベンの協奏曲全集が届きました。ポリーニ、アバド、ベルリンフィルの組合せ。92-93年のデジタル録音の様子。どっちの演奏家も大好きです。2人が同郷の仲良しだったことも知っていましたが、録音を入手したことはありませんでした。まだゆっくり聴く暇はないんですが、なかなか良さそうです。いろいろな論はあるでしょうが、ピアノ曲なのでやっぱりデジタル録音のほうがいいと思う。弦の高域が少し耳障りですが、許せるレベル。演奏内容は、これからゆっくりと楽しみにしています。

永住阻止?

ここには、仕事のことは書く予定でなかったのに。まあ、メモ書きなんで。

今年、単純更新で3年から1年に短縮されてしまった件が2件ありました。

1件は、定住者で入管がわざわざ市役所に電話して「これ、納税時期遅れてないですか?」とやった件。納付遅滞が判明して、短縮になりました。

もう1件は、技人国。理由は「出国していた期間が長いから」とのこと。旅券を精査すると、2016.12~2019.12の期間中、2017年に5カ月、2018年に7カ月、2019年に4カ月出国しています。給与が減ったわけでもないのに、つまり、本邦機関との雇用は継続的に存在するのに。貿易商なら国外で働くのも当然と思われますが。

どうしてこういう措置を取るのか、今の入管傾向を少々考えると、永住を許可したくない、それ以前に永住を申請させたくない。その理由探しをしている。と、読めました。