コンチェルト その3

ここのところ、ベートーベンのコンチェルトを聴くことが多く、ポリーニとアバドの版を探していました。検索すると全集は全部売切れになっています。あれっと見付けたのは、輸入盤が「残り1点」となっていること。すぐに注文しました。
ざっと聴いてみた感じですが、2番と3番に興味を持ちました。4番と5番は渋い演奏です。いかにもアバドらしい繊細だが訥々とした表現です。それでも星5つをつけるのは、これがスタンダードだと思えることです。豪華絢爛なポリーニをご要望の皆さんには、ベーム、ウィーンフィルと組んだ版をお勧めします。
それでも私は、パッケージを見ているだけで総毛立ってしまいます。
(Amazonレビューから転載)

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正月 その2

1月3日、笠間稲荷神社に詣でる。誰かに商売繁盛に良いと言われた気がする。ここと笠間にある出雲大社を取り違えてはいけない。出雲大社のほうが観光地としては良いが駐車場がないのでたくさんのクルマが路上で待つことになる。
出雲稲荷神社は周囲に民間の有料駐車場があるので何とでもなる。まあ、それなりにご利益があると信じるしかないかな。

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カルロス・ゴーン

こういう事態になるずっと前からこの人の在留資格については気になっていた。けっこう前からいる人なら永住者だろう最近の人なら高度専門職かと。
この人が外国へ逃げるのはまずいことは誰でも常識でわかると思う。ニュースになってから調べてみようと思っていた。入管法では25条と25条の2になる。あとは保釈金の問題。それと、本人は日本の政治的云々でと言い訳しているらしい。どこぞの似非難民にでも教えてもらったかな。  ♪♪♪ モーツアルトのレクイエムを聞きながら

1月8日の夜でしたか、言ってしまいましたね。
日本の不当な政治的な迫害から逃げてきた。
彼にまつわる刑事事件その他の事実関係については良く知りません。ですが、これを言ったらすべての発言が嘘にしか聞こえなくなります。

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コンチェルト その2

冬になるとラフマニノフの2番を聴く。昔は何でもかんでも聴いていたので東欧の中でも特に気に入った1曲だったのだろう。きらびやかな演奏はダメ。物悲しい演奏が好みだ。アバド版も持っているけど合わない気がする。LPのアシュケナージ版が好きだった。同じ音源は見つけられずにいるが、先年、アシュケナージとハイティンクの版をダウンロードで手に入れた。失敗だった。CDで買うべきだった。
ベートーベンにはバイオリンコンチェルトが1曲だけある。パールマンの版しか持っていないので、どんな演奏が自分に合うのかわからない。高校の同級生に音大へ行った人がいて、この曲をピアノで伴奏させられたそうだ。バイオリンコンチェルトのビアノ編曲版の意味じゃなくてオーケストラの代わりをビアノでさせられたのだそうだ。単調な主題で飽きると言っていた。だけどこの曲も好きだ。   

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正月

元旦は一応おせち料理やら餅を食べた。長男は起きてこないし面倒になり初詣は中止。酒を飲まない日常で正月を迎えるのは30年ぶりくらいじゃないだろうか。ひさかたぶりの昼酒を飲んだらあとは何もできなかった。
2日、普通モードに戻りを掛ける。どんな年賀状が来ているか拝見して返事を用意する。いただいたのは、従姉の1枚を除き、全部、士業者。虚礼廃止というわけにはいかないのだろうか。

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大晦日

大晦日は恒例なので、第九を鳴らすことにする。夕方になってから久しぶりにアンプとスピーカーから音を出してみる。モーツアルトのジュピターで音出し開始。マリナー版をかけるが何故か合わないのでアバド版をかけてみる。スピーカーから音が出ている感じで、演奏はともかくオーディオとしてはなってない。第九はバーンスタイン版が好きだったのだけれどこのときはアバド版にしてみる。先日の宇都宮での演奏会に比べると…..世界一流の演奏とはこんなに違うものかと再認識する。どう違うのかって、言葉で表現するのは無理。筋の通り方が違うとでもいうか。要するにまるで違う。オーディオとしては左スピーカーの出が悪くて安定してきたのは合唱の後半になってから。この第4楽章を大茶番だと書いたけれど、それは第1から第3楽章に無理やり合唱曲をくっつけたように思えるのも理由の一つ。第4楽章を独立して聴くと、まさに神域だ。
今は、オーディオの能力を出せる環境(部屋)になく、機器たちがかわいそうだ。オーディオだけの部屋を持ちたい。     
続けて、なんとなく気分でマーラーを聴く。勝手に言わせてもらうと、第九はマーラー2番復活へ合唱組曲のような形で引き継がれ、運命は(偶然か)マーラー5番の素オケとして引き継がれたと思っている。自分がどういうCDを持っているのかわかってない。探すとマーラー5番のバーンスタイン版が出てきたのでこれをiPhoneに入れてみる。2番はバーンスタイン版を持っていないことが分かった。売ってはいるがすぐに買おうとは思わない。こっちはアバド版をiPhoneに入れる。マーラーとは絵描きの意味だそうだ。本人いわく、手が短く生まれてきた(ユダヤ人差別に遭ったということ)とのことで、そういう意味でもバーンスタインが合うのかもしれない。最近、あまりマーラー演奏会とは聞かなくなった。これだけ大掛かりだといささか、かもしれない。マーラーについては実はあまり知らない。枚数はそれなりに持ってはいるが聴きこなすだけの能力がこちらにはないのだろう。最後の言葉は”モーツアルト”だったとか。
以下は、どうやらレベルの話。マーラーという作家は、速度等の指示(Allegro con brioとかいうあれ)をイタリア語からドイツ語に変えた人らしい。シンフォニーの解説を読んでいるとそういうことみたいだ。2番はイタリア語、5番はドイツ語になっている。3番はAllegroもあるけどドイツ語指示もあるみたい。さすがにイタリア語とドイツ語しか解説がないと厳しい。ベートーベンがドイツ語で書いたけど、皆の非難を浴びてイタリア語に直したっていう速度の指示。

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シンフォニー その3

芸術は、創造と完成と崩壊の歴史を辿るらしい。モンドリアンが現れたとき、幾多の作家が筆を折ったと聞いています。さもありなんかな。

そういう意味で言うと、シンフォニーの完成はベートーベンの第五。第九になるともはや崩壊が始まっていてあれは組曲です。大茶番とも書きました。どっちにしても、抽象画の第五と具象画の田園を同時に書いていたんだから、天才とは始末に負えない。第五について、あのテーマなら弦楽四重奏曲で十分では?との問いに対し「大きい音を出したかった。」と答えたそうですが、ジョークでもないかもしれない。第五の完成後もエロイカが最高傑作だとベートーベンは語ったそうですが、本人の好みはそうなんだと思う。

傑作という意味ではモーツアルトのジュビターのほうが上のように思います。最近、あれれ、これ凄くない!と思っているのが、ベートーベンの八番。随分と難しいことをやっているように聞こえます。

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ベートーベンの最高傑作 その2

ピアノソナタで言うと、ハンマークラビアが好き。やはりポリーニの演奏が良い。真剣みとリキが伝わってきます。誰も演奏できる人がいないとの指摘に対し、自分の死後50年も経てば演奏できる人が出てくるだろうとベートーベンは答えたという。有名な話です。

最後のソナタ32番は天国行きの階段と天使の舞。そうだなあ、葬送に第2楽章を流してもらおうかなあ。    

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ベートーベンの最高傑作

このテーマは難しい。こちらは素人ですし。あえて言うなら、シンフォニーの中にはない。おそらくピアノソナタの中にある。弦で言えば、後期の弦楽四重奏曲が素晴らしく、もしかすると、大フーガが一押し候補かと思っています。この曲はすごい。その名のとおり、対位法などフーガの集大成でもある。古典の曲でもありロマン派の曲でもある。同時に現代音楽でもある。戦慄するほどの恐ろしさです。なぜあのころに、過去から未来まで描けたのか?神のなせる業か?

時々いるものなのです。神界から何かの使命を帯びてこの世界に降りてくる人が。

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第九

日本人の年末といえば第九。

16年は都内で新日フィルを聴きました。名前を忘れてしまいましたが東欧系の女性指揮者で、鋭めの演奏でした。背中に戦慄が走りました。オーケストラもソリストも立派でした。特にソリストはすごい経歴の人ばかり。

「ベートーベンは、現代の天才たちをも苦しませる。」 それが感想です。

17年は妻のガンが発覚してお休み。

18年、オール栃木とかいう須賀校がらみの演奏会で、なぜか低弦を左にも配置するスタイルでした。ソリストたちは手一杯な感じでしたが、それなりに生演奏の良さを感じました。このときは、低弦左は舞台の狭さのせいかと思ったのです。

19年、昨年と同じイベントでメンバーも同じかと思ったらそうではなく。全体にこじんまりした第九をさっさと済ませた印象。生演奏なのに曇ったような音。音合わせのときに、音響機器を使っているような音の鳴り方。
フィガロの序曲があり、そのあとに第九でした。第九に移る前に、管楽器がどっと入り、なるほど、これが時代の移り変わり(モーツアルト→ベートーベン)なのだと思いました。オーソドックスに向かって左から右に高→低と並ぶ弦でした。前の方の席を取ったので、弦楽器の動きがよくわかりました。第一バイオリンだけが曲をリードしてるんじゃない、ここはビオラがメイン、ここはチェロが進めているんだ、なんていうのを観察できました。バリトンの出来が良かった。値段の割には収穫のある演奏会でした。

時代の移り変わりと書きました。別途書くと思いますが、ベートーベンは音楽の大衆化に尽力した人で、大衆に聴いてもらうために大きな音を出したいという発想もあったようです。ドイツ語で歌うことを定着させた功績もあります。パトロン貴族からの脱却もしかり。それらはモーツアルトからの引継ぎだったようにも思っています。 

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クラシックを聴くとき

クラシックを聴くとき。まあ、ベートーベンに限っておきますが、ベートーベンと演奏家と私の魂のぶつかり合いです。真剣勝負です。だから、疲れる。ながら聞きというのはちょっとあり得ない。

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シンフォニー その2

茶番 カラヤンのベートーベンをそのように評する人がいるようです。特に5番。だけど、 私にとってはこの曲がなければ、クラシックを聴くことはなかったくらい重要な演奏です。下にAmazonのレビューを載せます。  あのシュールな描画はカラヤンにしかできない。
話は戻りますが、とてつもない天才のベートーベンがいて、そこにカラヤンが現れて、それまでのベートーベンを変えてしまった。そうとも言えると思っています。

茶番と言えば、それこそ第九じゃないでしょうか。第1楽章から第3楽章までは、なかなかの名作だと思っています。ですが、あの有名な第4楽章はベートーベンがなした大茶番だと思うようになりました。なんであそこにわざわざ歌劇のフィナーレみたいなものを置いたの?歌劇がまともに書けなかったから?

Amazon; 前衛洋画家だった亡父がLP版のカラヤン「運命」を聴いていました。60年代の録音です。これはもっと後の時代の録音ですが、全体的に抽象画になぞらえることができる「運命」と呼ばれるこの曲の中で第2楽章は具象的です。その中でも「ハイリゲンシュタット」と歌いたくなる部分、瞑想的な雰囲気の部分など、あのころ父のステレオで感銘を受けたのを思い出します。このシュールな表現はカラヤンにしかできない。発売当初のCDを持っているのですが割れてしまった(半分壊れたCDプレーヤーが割った)ので、買い換えました。特に第2楽章は一押しです(私は絵画もクラシックも素人ですが)。クラシックを聴くように仕向けてくれた父の遺産なので。そういう意味で星5つです。

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シンフォニー その1

アバドとウィーンフィルのベートーベンを聴くと、世界観が違っちゃいます。アバドは、スコアに忠実だと言われていました。けれど、7番第4楽章を聴くと。あの場面は、雨の戦場で軍馬が泥濘を跳ね上げて行進し、人馬ともに泥まみれのはずです。ですが、この演奏は、実に綿密で、しなやかで、丁寧で、美しい。戦争と泥濘を表したかったはずのベートーベンの意図とは違うと思います。でも、演奏には惚れ込んでしまっています。この演奏の場合は、第1楽章から第4楽章まで、意識統一されているのです。だから、他の演奏はともかくとして「なんであんな第4楽章が唐突に」という評は当たっていません。

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コンチェルト

趣味はほとんどないのに。クラシックだけは趣味と言えば趣味。なぜか最近はピアノコンチェルトを良く聴きます。モーツアルト20番。映画アマデウスでも印象的なこの曲は、モーツアルトの唯一の短調コンチェルトだそうです。ベートーベンも気に入っていたらしく、カデンツァを書いています。

今朝、ベートーベンの協奏曲全集が届きました。ポリーニ、アバド、ベルリンフィルの組合せ。92-93年のデジタル録音の様子。どっちの演奏家も大好きです。2人が同郷の仲良しだったことも知っていましたが、録音を入手したことはありませんでした。まだゆっくり聴く暇はないんですが、なかなか良さそうです。いろいろな論はあるでしょうが、ピアノ曲なのでやっぱりデジタル録音のほうがいいと思う。弦の高域が少し耳障りですが、許せるレベル。演奏内容は、これからゆっくりと楽しみにしています。

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永住阻止?

ここには、仕事のことは書く予定でなかったのに。まあ、メモ書きなんで。

今年、単純更新で3年から1年に短縮されてしまった件が2件ありました。

1件は、定住者で入管がわざわざ市役所に電話して「これ、納税時期遅れてないですか?」とやった件。納付遅滞が判明して、短縮になりました。

もう1件は、技人国。理由は「出国していた期間が長いから」とのこと。旅券を精査すると、2016.12~2019.12の期間中、2017年に5カ月、2018年に7カ月、2019年に4カ月出国しています。給与が減ったわけでもないのに、つまり、本邦機関との雇用は継続的に存在するのに。貿易商なら国外で働くのも当然と思われますが。

どうしてこういう措置を取るのか、今の入管傾向を少々考えると、永住を許可したくない、それ以前に永住を申請させたくない。その理由探しをしている。と、読めました。

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